ふたり暮らし

明日は明日の風が吹く

身体を整えて幸せ波動をキャッチしよう

ふたり暮らし。身体を整えて幸せ波動をキャッチしよう。
※スピリチュアル感強めの記事です。

初めてのスピリチュアル

今では当たり前のように私の中に存在しているスピリチュアル的な考え方だけれど、10年くらい前までは、スピリチュアルと聞くと朝の番組の占いとか神社のおみくじとかと同じ、ただのおまじないみたいなものだと思っていた。

 

私がスピリチュアルな考え方を初めてちゃんと知ったのは、「天使の気功」という本だ。

 

その頃、私は仕事上の人間関係でものすごくストレスをためていて、毎日愚痴ばっかり吐いていた。仕事柄、毎日ストレッチして、汗もかいて、全身の筋肉を動かしていたのにも関わらず、身体の動きが悪く、肩も腰も脚も凝り固まっていた。しつこいニキビと重い生理痛に悩まされ、母親との関係性も悪く、人生で一番の暗黒期だったと思う。思い出すだけでしんどい。

 

そんな時に突如としてAmazonのおすすめに上がってきたこの本。これは神様からの助け舟的な出会いだったと自分では思っている。

(実際は、なんとかして疲れを取りたくてヨガや気功の本などを物色していた時期だったので、その関連でおすすめに上がってきただけなのかもしれない。笑)

 

表紙のゆる可愛いイラストに惹かれて、私としては珍しく、レビューもよく読まずにポチった。それ以来ずっと、この本が私の人生のバイブルのような存在だ。

 

ヅラ理論との出会い

angel hiroさんという、ひとりのスピリチュアリストが優しい話し言葉で語りかけてくるこの本。いたるところに「♪」マークが入っていたり、つまらないダジャレが入っていたりと、ちょっとふざけた感じもする文章なのだけれど、おっしゃっていることはとても深く、本質を突いた鋭い内容だ。

 

読んでいると、angel hiroさんの優しくて温かい眼差しを感じられるような気がして、楽しい雰囲気の文章なのに初めて読んだ時は泣いてしまった。
(相当疲れていたんだな…と思う。)

 

本の中ではまず、ヅラ理論というhiroさんの持論が述べられている。「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションでしかない」というアインシュタインの名言を、もっとわかりやすく具体的にした理論だ。

 

いくつか例を引用させてもらう。
(本の文章をそのまま引用すると、かなりおちゃらけた風になってしまうので、私の言葉で作り直させてもらった。)

辱めを受けるくらいなら切腹を選ぶのが良しとされていた武士の時代。その時代の武士がタイムスリップして現代に来てしまったとする。そこで現代人から、武士の象徴であるちょんまげを馬鹿にされてしまった。

「辱めを受けた!」と思った武士は「もう生きていけない!切腹だぁぁ」となり、現代人を驚かせてしまう。そんなことぐらいで自殺するなんてありえない!というのが現代人の常識だからだ。

でも武士はちょんまげヅラをかぶっているので、自分の常識を取っ払って考えることができない。「馬鹿にされたら切腹する」という武士の考えが、まさに常識という名のヅラをかぶっているという状態である。

 

人というのは皆、それぞれたくさんのヅラを被って生きている。たまに自分とは違うヅラをかぶっている人に出会い、自分のヅラがずらされそうな経験をすると、人は不安になり、自分と同じヅラをかぶっている人に会って、「このヅラでいいんですよね?間違ってないですよね?」と確認してしまう。

同じヅラをかぶっている人は、「まちがってないですよ。このヅラが正しいヅラです」と言ってくれるのでひとまず安心できるが、それでも不安になる時は、その人と同じポマードを使って、ヅラがずれないように固めたり、ネジでしっかり頭に固定したりする。

そうしたことの繰り返しで、カチカチに凝り固まった頭ができあがるのだ。

 

いろんな人が同じような内容のことを言っているけれど、hiroさんのヅラ理論はそのインパクトが強くて心に残る。

 

国籍の違う小さな子どもたちが公園で一緒に遊んだとして、陣地争いは起きるだろうか?いや起きないだろう。みんな仲良く一緒に遊ぶことができる。

なぜなら、幼い子どもはヅラをかぶっていないからだ。

 

戦争という名の陣地争いをしている人の頭には、いったいいくつのヅラが乗っかっているのだろうか…

 

自分のヅラを取り外すには

凝り固まった自分のヅラを取り外すことができると、「ありのままの私でいいんだ」「私はすでに、完璧な存在なんだ」と思えるようになる。

 

では、ヅラを取り外すにはどうしたらいいのか。

 

hiroさんは、「身体をほぐしてニコニコ細胞でいっぱいの身体にしましょう」とおっしゃっている。

 

ニコニコ細胞とは、血流が良く、ふわふわで柔らかい赤ちゃんのような細胞のことで、赤ちゃんはニコニコ細胞に包まれているからいつもニコニコしていて幸せなのだ。

 

逆に、血流が悪く、凝り固まった細胞はプンプン細胞と呼ばれ、プンプン細胞だらけの人は怒りっぽくてイライラしやすく、不幸せなのだという。

 

でも、誰でもプンプン細胞をニコニコ細胞に変えることはできる。それが「今ここ」につながった時である。

 

「今ここ」

 

スピ好きな方なら必ず知っているこの言葉。スピ好きでなくとも、最近はこの言葉をあちこちで見聞きするようになったと思う。

 

今ここに一瞬でつながることは、じつは誰でも毎日行っている。それが、おいしいものを食べた瞬間や、お風呂(本の中では温泉)に浸かった瞬間だ。どんなに気分がふさいでいる時でも、その一瞬だけは、「ああおいしい〜」「ああ気持ちいい〜」と、今ここにつながることができる。その瞬間の細胞たちは、まさにニコニコ細胞になっている。

 

その、今ここにつながる時間を維持するために、hiroさんの考案した「たいっち」という気功法が効果的なのだそう。

 

身体はアンテナ

宇宙はいつ何時でも、愛に満ち溢れた幸せな波動を送り届けてくれている。でも、その幸せな波動をキャッチするためのアンテナである身体がプンプン細胞だらけで凝り固まっていると、本来の幸せな波動を正しくキャッチできず、愛や幸せとは正反対の歪んだ映像を見せられてしまう。

 

だからまずは、頭(ヅラ)をどうにかしようとするのではなく、身体(アンテナ)の方を整えましょう!

 

というのがhiroさんの提案だ。

 

この記事(↓)を書いた時には触れなかったけれど、もともとこの本を読んでいたからこそ、私はこのプログラムの内容に強く惹かれたのである。プログラムを勧めてくれた友人の話を聞いた時、「メンタルより先に身体を整える」という、hiroさんとまったく同じ理論だと思ったからだ。

asukaze827.hatenablog.com

このプログラム(↑)を行うと、細胞ひとつひとつの血流を増やし、デトックスしながら生まれ変わらせていくため、自然と身体がほぐれ、凝りや冷えなどの不調も改善されていく。私がプログラム中やプログラム後に幸せな気持ちで過ごせたのは、まさに身体中の細胞がニコニコ細胞だらけになっていたからだろう。

 

鬱で顔が固まった夫

私がまだこの本に出会うずっと前、当時夫は金融機関のSEをしていた。仕事の性質上、ミスに厳しく、私語は一切禁止。外界から遮断された部屋の中でひたすらモニターに向かって作業し続けるという、向いていない人には本当に向いていない仕事内容だった。

 

夫はストレスから鬱病寸前までいっていて、早めに気づいて病院に行き、結果転職できたから良かったものの、気づくのが遅かったら鬱病を発症していたとお医者さんに言われた。

 

早めに気づくことができたのは、夫のほっぺたが異様に固くなっていたからだ。ある日、「なんか上手く笑えない」と夫が言い、私がちょっと顔に触っただけで痛がった。今から思うと、あれは究極のプンプン細胞だらけだったのだろう。あの頃の夫は、毎日のように仕事の愚痴を吐いていた記憶がある。

 

今ここにつながる方法

hiroさんの気功や、私の行ったプログラムをやらなくても、今ここにつながる方法はたくさんある。きっと誰もが何かしら経験があるはずだ。

 

例えば、絵が好きな子どもが無心でお絵描きをしている時。サッカーの好きな子どもが無心でボールを追いかけている時。私なら、教師になる前、自分のためだけに無心でバーレッスンをしていた時。

 

大人の場合も同じだ。

 

無心で里芋の皮をむいている時、無心でセーターの毛玉を取っている時、無心でサヤエンドウのすじを取っている時。

 

写経や瞑想もそのひとつだろう。

 

このように、今ここにつながれる方法はたくさんあるけれど、つねにつながっていられるようになるためには、身体をほぐすことが手っ取り早いですよ〜とhiroさんはおっしゃっている。

 

私が行ったプログラムを延長して8ヶ月以上継続していた人も、世界中の不食の方々も、みんな同じで、「まずは身体をピュアにする(整える)」ということを実践しているのである。

 

それぞれまったく違うところで出会ったhiroさんの本と、体質改善プログラム。これらがひとつにつながった時、私は「この世はひとつなんだ。すべてがつながっているんだ。」と自然に思うことができた。

 

hiroさんのこの本は、前半にヅラ理論のお話、中盤が気功の実践編、そして後半に、ヅラ理論よりももっと重要な「体」のお話が書かれている。この後半があって初めてヅラ理論も生きてくるので、これは一読する価値の大きい良書だと思う。

 

 

私はスピリチュアリストでもなんでもなく、普通の主婦なので、普段はあまりこういうことは表に出さないようにしている。でも、意外なことに不食の記事のアクセスがすごく多かったので、思い切ってこんなマニアックな記事も書いてみた次第である。

 

これからも時々書くかもしれない。