ふたり暮らし

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グージェール作り。

ふたり暮らし。グージェール作り。

ワインのお供にグージェール

先日、夫が連休だったのでグージェールを作った。

 

グージェールというのは、クリーム無しの甘くないミニシューのことで、ワインのお供としてよく登場する。材料は卵・バター(植物油)・小麦粉(米粉)・水・塩(お好みでチーズやベーコンなど)のみで、調理時間は焼きも含めて1時間弱。気合いさえあればいつでも作ることができる優秀なおつまみだ。少し前までは自宅で作ろうなんて考えたこともなかったのだけれど、たまたまレシピを知り、思いのほか簡単そうだったので家飲みおつまみのレパートリーに加わった。

 

ポテサラとグージェールを私が作り、きのこのマリネと大量のサラダを夫が担当。グージェールはそのまま食べても良し、ポテサラを詰めても良し、マリネを詰めても良し、サラダを詰めても良し。中が空洞だからいくらでも食べられるわーなんて思っていても、おかずを詰めて食べていると結構満腹になる(当たり前)

 

ワインとの相性は抜群で、白はもちろん軽めの赤にもよく合う。最近はフルボディのワインでもこれが欲しくなる。パンよりも軽いし、冷めてもおいしいので長時間の家飲みにちょうどいいのだ。

 

失敗の原因

初めて作った時は大成功し、前回は失敗してクラッカーらしきものができあがってしまった。原因は、冷蔵庫から出したバターをカットせずに鍋にドンと放り込んだことと、整型前の混ぜが足りなかったことだろう。

 

レシピにはちゃんと「室温に戻したバターを適当な大きさにカットし」と書いてあるにも関わらず、「どうせ鍋で溶かすわけだし、そのままでも良くない?」と素人にありがちな勝手な判断で冷たいままのバターを丸ごと投入。結果、溶け切るまでに時間がかかって水分が蒸発し、レシピに必要な水分量が不足してしまったのだと思われる。

 

混ぜる作業も、「はぁ疲れた。たぶんこんくらいでいけるでしょ」と、やはり勝手な判断によって途中でやめ、整型中も「なんかこの前とちがうな…?」と思いつつも焼けばどうにかなる!と強気で続行。どうにかなるわけがなかった。笑

 

3回目となる今回は、ちゃんとバターをカットしてから鍋に入れ、整型前の混ぜを根気強くがんばった。そうしたら、写真の通りきれいなシューに膨らんで嬉しかった。ねっとりと重い生地なので、混ぜるのには力がいる。私は米粉を使ったけれど、小麦粉を使う場合は混ぜすぎてもダメなので、そこの加減が難しそうだ。

 

「料理は化学だ」というのは私の好きな海外ドラマのセリフだけれど、確かにそうだなと思う。同じ材料でも、手順や分量の違いでまったく別のものが出来上がる。「こんなの意味あるの?」という、ささいなひと手間が完成品の出来を左右するなんて、化学の授業が呪文にしか聞こえなかった私には摩訶不思議過ぎる現象だ。

 

なにごとも基礎こそが一番大事

5年ほど前からお菓子やケーキを手作りするようになったのだけれど、こんなふうに未だに失敗することがある。たいてい、バターや卵の温度が低すぎたり、混ぜる手間を端折ったり、材料を入れる順序を間違えたりという、超基礎的なことが原因だ。

 

「基礎こそが一番大事!」
「プリエを制する者はすべてのパを制す!」
これは私がバレエ教師をしていた頃に毎日のように言っていた言葉だ。私自身もこう言われて育った。

 

バレエだけでなく、料理も、勉強も、スポーツも…なにごとも「基礎こそが一番大事」なのだとその道のえらい人は言う。なんで私はその基礎をすぐに無視してしまうのだろう。これじゃ「どんな時でも基礎を無視しちゃダメ!!」と怒鳴っていた私の面目丸つぶれである。

 

バレエ教師やプロのバレリーナは「バレエは基礎が一番難しい」と口を揃えて言うが、私もいつか「料理は基礎が一番難しい」と言えるようになるくらい、お菓子作りの達人になれるだろうか…

 

再びグージェールを作る

3回目の挑戦で上手くできたことに気を良くした私は、翌日もう一度作った。連続で作ると分量も手順も頭に入る。ちゃんと手順を守って丁寧に作ったグージェールは、見本写真のようにぷっくりと膨らみ、焼き立てはとってもとっても美味しかった。

 

丸2日間、グージェールをお供に飲み続けた私たちは、夕食は何かテイストの違うものが食べたくなり、夜は韓国料理を食べに出かけた。牛スジの入った熱々のスンドゥブがものすごく美味しくて、「今度はコレを家で作ろう」と思った。笑