ふたり暮らし

明日は明日の風が吹く

嫌いな家事を簡素化した

ふたり暮らし。嫌いな家事を簡素化した。

食事の支度が苦痛だった新婚時代

世の中の多くの主婦にとって、食事に関するあれこれは、家事の中でもっとも重い負担となっている。たとえお料理が趣味という人であっても、日々の食事の支度はきっとそれには当てはまらない。日々の食事を用意することは、半ば主婦の義務。どんなに好きなことであっても、義務になった時点でそれは「好きでやっていること」ではなくなってしまう。
(私もバレエで経験がある。)

 

食事は大切だ。日々食べたもので身体が作られていく。世の中の主婦たちは、家族の健康を思って毎日キッチンに立っている。

 

私の父は、テーブルいっぱいにいろんな種類のおかずや小鉢をずら~っと並べ、晩酌をしながらゆっくり食事を楽しみたい人だった。私はたくさんのおかずが並ぶ食卓が当たり前で育ったけれど、今にして思えば、母は毎日毎日ものすごく大変だっただろうなと思う。
(最近はふたりとも食が細くなってきたため、昔のように品数は多くない。)

 

夫と暮らし始めた時、私の脳内に浮かんだのは当然実家の食卓だった。母がそうしていたように、作り置きのおかずやおつまみを何種類も用意し、栄養バランスを考えて献立を決め、買い物に行く。

 

結果、すぐに挫折した。

 

幸い、夫が父のようにたくさん食べる人じゃなかったことと、毎日晩酌をする人じゃなかったため、母のように毎日大量のおかずを用意する必要はなかった。
(お酒を飲むのは休日の前の晩と休日だけ。)

 

それでも、栄養バランスを考えながら食事を用意するのは大変だった。夫は今でこそ料理が趣味だけれど、当時の自炊能力は100のうち3くらい。食事の支度に関してはまったくあてにできない人だった。

 

あの頃は食事の支度が嫌で嫌で仕方なく、私が仕事の日はほぼ毎回外食に頼るようになっていった。でも、外食が多いからこそ、自宅で食べる時は栄養のことをそれまで以上に考えなければならず、どんどん料理が嫌いになっていった。

 

食事に関することを思い切って簡素化した現在

現在の私は、食事に関するあれこれをする時間をぐっと縮小している。まず、毎日違う献立を用意することをやめた。

 

わが家の夕食は主に、メイン1種類にお味噌汁とごはん、ミニトマト(または果物)だけである。
メインとなるおかずも数種類ローテーションしているだけなので、2日おきとか3日おきで同じものが登場する。どれも、これまでに夫がおいしいと言って気に入ってくれているおかずたちだ。
(季節によっても変わる。)

 

レパートリーが限られていると必要な食材も決まってくるので、買い物にかかる時間もごくわずか。無駄な買い物をすることもなくなり、食材を使いきれずに無駄にしてしまうということもなくなった。

 

一番重要な栄養面においては、その内容を信頼できるサプリメントに完全に頼っている。栄養のことを考えなくていいというのは、とても楽だ。食べ過ぎにさえ気を付けていれば、必要な栄養素はサプリメントで補えるので、「もっとビタミンを取らなくちゃ!」「カルシウムを取らなくちゃ!」などとプレッシャーを感じなくてすむ。

 

連休の前の晩や、記念日、クリスマスなどは、前もって計画し、手の込んだ食事を用意する。そういう時のお料理はとても楽しいし、何時間でもキッチンに立っていられる。

 

好きな家事は丁寧にやる

食事に関することを簡素化した代わりに、私は毎日とても丁寧に掃除をするようになった。もともとはそこまできれい好きなほうではなかったのだけれど、夫の母の影響で、年々きれい好きが加速している気がする。

 

家の中が汚れていると、なんとなくお部屋の空気も淀んでいる気がしてしまう。夫のいない日は、家中の掃除を丁寧にしたい。とくに玄関とトイレ掃除を欠かすと気持ち悪くてしかたない。
(休日は夫にのんびりしてほしいので、掃除しないことにしている。)

 

玄関掃除、トイレ掃除、お風呂掃除、床のモップがけ、床の水拭き、巾木のホコリ取り、家具やオーディオ類のホコリ取り… 大事なのは、どんなに小さな部分でも、掃除したところは必ず夫に報告することだ。家が自動的にきれいになっていると思ってもらっては困る。笑

 

その甲斐あって、夫は「毎日快適に暮らせるのは葉月ちゃんのおかげだよ~」とことあるごとに言ってくれるようになった。そう言われると私はますます掃除が好きになる。

 

 

嫌いなことを減らして好きなことを増やす。家事だけでなく、日常のすべてにおいてこれができたら、人生はもっと楽しくなる。好きなものはたくさん、嫌いなものは最低限でいい。

 

それが私の理想の人生だ。