ふたり暮らし

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新社会人の悩み

ふたり暮らし。新社会人の悩み。
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仕事内容がもっとも不得意な分野だったらどうすればいいのか?

先日、本屋さんをぶらぶらしていたら、この春に大学を卒業してバイトを辞めていったA君とばったり会った。軽く挨拶だけして立ち去ろうと思っていたら、思いがけずA君からお茶に誘われたので驚いた。

 

A君とは丸4年間一緒に働いた。20歳近くも年下の、しかも男の子だけれど、私とA君はわりと波長が合った。たぶん彼も同じように思っていると思う。年が近かったら、もしくは私が男性だったら、きっともっと仲良くなっていただろう。

 

A君が第一志望の会社に就職できた、という話は卒業前に聞いていた。でも、この日A君は浮かない顔で、「今の仕事がまじで向いていない」と言った。配属された部署が、A君のもっとも苦手とする分野なのだ。ちょっと話を聞いただけの私でさえ、「ああ、その仕事はA君には辛いだろうな…」と簡単に想像がついた。

 

大きな会社なので、みんながみんな希望の部署に配属されるわけではないし、苦手な内容の仕事でも続けるうちに慣れてきて、苦手意識を克服できるかもしれない、ということはもちろん本人もよくわかっている。

 

ご両親に相談したら、お父さんは「組織というのはそういうもの。がんばってまずは1年続けてみて、どうしても無理なら来年異動願いを出せばいい」、お母さんは「ストレスで体を壊す前に辞めてほしい。転職先はいくらでもある」とアドバイスしてくれたそう。「どっちのアドバイスも予想通りというか、親の性格からして、たぶんこう言われるだろうなとわかってた」とA君は言う。

 

私は返事に詰まった。だって、私もその2つを上手い具合に混ぜて言おうとしていたから。笑
(大人の考えることなんてみんな同じである。)

 

A君だって子どもじゃないので、そんなこと言われなくてもわかっているのだ。でも誰かに近況を話したい。まずはご両親に聞いてもらい、次は友達に…となるも、友達にはなかなか言えないかもしれないな、と私は思った。A君も私と同じで、あまり深い友人関係を持たないタイプだ。それに加えて、若い男性ならではのプライドもあるだろう。就職して2ヶ月でもう音をあげたなんて、私がA君だったら友達には言えない気がする。

 

A君にとっては見栄を張る必要もなく、浅い関係性で、でもある程度付き合いが長くて多少なりとも気心の知れていた私は、だからちょうどいい聞き手だったのだろう。

 

求めているのはアドバイス?それとも共感?

A君が私に求めているのはなんなのだろう?私はまずそれを考えた。

 

同じ年代の女の子同士なら共感してあげればいいのだろうけれど、年代もまったく違うし相手は男性だ。しかも私は一般企業に就職したことがないので、アドバイスするにしたって、どっかで聞いたことがあるような当たり障りのないことしか言えない。

 

ただ話を聞いてほしいだけなのかもしれない。

 

最初はそう結論づけて、ただ話を聞いていた。でも、止めどなくしゃべり続けてくれる女の子たちと違って、もともとA君の口数はそう多くない。若干沈黙が気まずい。バイト中は会話が途切れても何かしら手を動かしているので気にならなかったけれど、今は向かい合ってお茶をすすっているだけ。なにこの時間…と思った。笑

 

柄にもなく身の上話をするはめに…

A君が黙り込んでしまったので、私はコーヒーのおかわりとケーキを頼んだ。いつもは避けているケーキだけれど、今日は特別だ。何か食べてなきゃ間が持たない。

 

A君はトイレに立った。背の高いA君は、遠くにいってもよく見える。その後ろ姿でわかった。彼はとっても疲れている。背中に覇気がない。社会人て大変なんだな…と思った。

 

戻ってきたA君になんて声をかけようかな、と考えていたら、さきにA君にこう言われた。
「前から思ってたけど、めっちゃ姿勢良くないですか?」

 

よく言われる。私の姿勢を見て、「バレエか新体操やってた?」と訊かれることはとても多い。意識してなくても自然とそうなってしまうのだ。隠しようがないので職場でも隠したりはしていないのだけど、A君は知らなかったんだな、と思い、いつも通り「昔バレエ習ってた」と答えた。

 

でもそこでふと考えた。職場の人には言わないようにしていることでも、A君になら言ってもいいかもと。私の体験談をきけば、なんかしらの参考にもなるかもしれないし、べつにならないかもしれないし、どちらにせよ気まずい沈黙は避けられる。

 

それで私は自分の話をした。バレエを本気でやっていたこと。プロの世界にほんの少しだけ足を踏み入れ、その後は15年間教師をしていたこと。大好きだったバレエなのに、仕事にしたら辛くてしょうがなかったこと。教師を辞めた時は人生が開けたような気持ちになったこと。

 

私がこんなふうに自分の半生を他人に語るなんて、今まで無かったことだ。なのにA君の反応は相変わらず薄い。なんか言ってよ…と思いつつ、私はこう締めた。

 

「好きなことを仕事にできたら幸せになれるとは限らないよ。 好きなことを仕事にしちゃってるから、仕事以外の心の逃げ場がなくなるんだよね」と。

 

これは世間一般の当たり障りのないことではなく、ちゃんと自分の人生から学んだアドバイスだ。予定外だったけれど、自分のことを話すことができてよかった。こういうリアルな実体験を、A君は聞きたかったのかもしれない。

 

ところが、私が内心ちょっとご満悦になっていたというのに、A君の反応は「そっか」のみ。え、A君てこんなに反応薄かったっけ?バイトの時はもうちょっと会話が弾んでた気がするけどなぁ…相当疲れているのかもしれないな…

 

ここまで話したら、ついでに夫の話もしようと思った。向いてない仕事をしていたら顔面麻痺になりかけていたこと。心療内科に行ったら鬱病一歩手前と言われたこと。思い切って転職し、今は仕事を大変だけれど楽しいと思っていること。

 

A君の感想。「どっちに転んでも、仕事って大変なんだなぁ…」

 

うん、まあ…そうだね…    好きなこと・得意なことを仕事にしてもストレスはたまるし、嫌いなこと・苦手なことを仕事にしてもストレスはたまる。どっちに転んでもストレスはたまるのだ。

 

だって、自分で選んだバイトだってストレスがたまるじゃないか。辞めようと思えばいつでも辞められるバイトを、A君は4年間続けたのだ。私の話を聞くまでもなく、A君はすでにそれをわかっている。A君は仕事内容云々よりも、まずはストレスとの付き合い方を模索したほうがいい。

 

「ストレスとの付き合い方って全然考えたことないや」。A君はそう言っていたけれど、ストレスとの付き合い方は人それぞれだから自分で探すしかない。うまく解消できれば嫌な仕事も続けられるかもしれないし、解消できなければ病気になってしまうかもしれない。

 

冷たいようだけれど、その方法はA君本人にしか見つけられないので、他人のアドバイスはなんの役にも立たないだろう。

 

今の仕事へのストレスがどれくらい大きいのか、私にはわからないけれど、この元気のなさを見る限りは相当大きそうである。お母さんが心配するのもわかる。でも、転職してもまた同じことのくり返しになる可能性もあるので、ストレスと上手く付き合っていく方法を知っておくのは、大人には必要なスキルだと思う。

 

結局どうしたのかはわからない

その日はそれでもうおしまいだった。お互いの共通点であるバイトの話をぽつぽつ話して、解散した。奢ると言って譲らないA君の申し出をむげにするのも悪いと思い、お言葉に甘えることにした。
(ケーキまで食べてしまったのに申し訳ない。)

 

レジで支払いをするA君の後ろ姿からは、相変わらず覇気を感じられなかったけれど、店を出て別れる時の笑顔は以前のままだった。ちょっと心が軽くなってくれていればいいなと思った。

 

家は近所なので今後もばったり会う可能性はある。次会った時は、もっとはつらつとした姿が見られますように。