ふたり暮らし。プライドと尊敬。
外国人従業員の特殊能力
先日新しいほうの職場で、ある機械のメンテナンス業務を教わった。作業は業者さんから渡されているチェックリストに沿って進めていき、項目ひとつひとつの欄にチェックを入れたり数字を記入したりする。
その作業を教えてくれたのは外国人の男性社員だ。訛りはありつつも、スラスラと日本語で説明してくれながらチェックリストをひとつずつ埋めていく。これはこう、これはこう、と進めていき、最後に「で、ここ押すのね。これ、洗浄って書いてあるんでしょ?」と言いながらボタンを指さしたのを見て、「!!!この人、日本語は読めないんだ…!」と気づいた。
その機械に書かれている文字もチェックリストもすべて日本語だ。その上司がスラスラと日本語を話すもんだから、日本語のチェックリストを手際よく埋めていくことに何の違和感も持たなかったが、よく考えてみれば、日本育ちでない限り漢字の読み書きまでできる外国人は少ない。この人は読めない文字を記号のように認識して、ボタンの場所やリストの場所で内容を暗記しているのだ。すごい…!
そう思って観察してみると、外国人従業員たちはみな、日本語の読み書きはできなくても、日本語を見てその内容を暗記しているようである。たとえば人の名前。社内のみで使われている物には必ず英語表記があるが、社外に提出したりするもの(検便とか書類とか)には母国語表記しかない。でも外国人従業員たちは、「これは鈴木さん」「これは山田さん」「ここには◯月◯日締切って書いてある」「総務課の田中さん宛」と、ちゃんと認識している。すごい能力だ。
だって想像してみてほしい。私たち日本人が英語表記を読むのとは難易度が違う。私はハングル文字が1文字も読み書きできないのだが、外国人にとっての漢字もそれと同じようなものだろう。読み書きできない言葉を記号のように認識し、その内容と合わせて暗記しているのだ。
外国人が日本で働くってこういうことなんだ…と新たな発見だった。もうコンビニで働く外国人店員さんなどには、ますます尊敬の念しか湧かない。
日本で働く日本人の自分は…
外国人従業員の皆さまの能力に感心している場合ではなかった。私も傍から見れば彼らと同じ従業員だ。「私はただのパートです」なんてプラカードをぶら下げているわけではない。そりゃあ「出川イングリッシュはダメ」と言われるに決まっている。
同じパートという立場でも、外国人のパートさんは日本人の私よりももっと大変で、たくさん努力しているのだ。私は母国で働けているというだけで恵まれている。ハングル文字を覚える苦労を思えば、会話能力を上げる努力のほうが易しい。もっとがんばろう。
ところで、新しい職場で働くようになってひとつだけ弊害がある。
もともとの職場Aで、「ここは日本なんだから日本語を話したまえ」と強気でいけなくなってしまった。英語の勉強時間が長くなったせいで、英語で話しかけられるととっさに英語で返事をしてしまう。
これではいけない。日本人としての私のプライドが許さない。職場Aはあくまでも日本のお店!職場Bとは状況が違う。外国人従業員への尊敬の念を持つのと同じくらい、日本人としての自分の誇りを高く掲げ、これからも職場Aでは厳しくいこうと思う。