ふたり暮らし

明日は明日の風が吹く

いじめ未満、意地悪以上

ふたり暮らし。いじめ未満、意地悪以上。
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いじめっ子と同じクラスに

小学校5〜6年生の時、クラスにとても意地悪な女の子がいた。お姉さんがふたりいて、スポーツ万能で、弁も立つ、いわゆる女子のボス的存在だった。1〜4年生の時はクラスが違ったので噂に聞く程度だったが、その子がいろんな子に意地悪をしているということは保護者の間でも有名だった。

 

同じクラスになってしばらくは問題なく過ごしていた。その頃私と仲の良かった子が、1〜2年生の時にそのボス子に意地悪されていたらしく、それもあって必要以上に関わらないように気をつけていたのだが、運悪く出席番号が近かったため、関わらざるを得ないことも多々あった。一見、明るくて話題が豊富で親切なそのボス子は、最初私にとても優しかった。ところが、日を追うにつれて言葉の端々に棘を感じるようになり、気がついた時には意地悪のターゲットにされていた。

 

私自身、ボス子に負けないくらいに気は強かったのだが、言い返したりできないタイプだったので、黙って我慢していた。コイツまじでムカつくわ💢と思いながらも、口喧嘩になっても勝てないことは明らかだったので、ムカつくことを言われても睨み返すだけで無視していた。たぶんその態度が余計に彼女の神経を逆撫でしたのだろう。意地悪はどんどんエスカレートしていった。

 

巧妙になる嫌がらせ

ボス子のことを心から好きな子はたぶんいなかったとは思うが、取り巻きの女子たちはいた。その取り巻き女子たちの何人かが、私と家が同じ方向でよく一緒に帰っていたのだが、ボス子はそれを阻止するようになった。でも小学校から私の自宅まではたった10分足らずの距離だったため、ひとりで帰る羽目になってもそこまでダメージはなかった。

 

次にボス子は、わざと私の目の前で私と仲の良かった友人たちを誘い、土日に遊ぶ約束をするようになった。こっちが聞こえないふりを決め込んでいても、「葉月ちゃんはついてこないでね」などとわざわざ言ってくるのでいちいちムカついていた。でも、その中のひとりの子が、私を庇おうとしてくれたのか、それとももしかして単なる嫌味だったのかはわからないが、「葉月ちゃんは土日バレエだもんね。今まで一度も遊んだことないよね」と言った。

 

その子の言う通り、私はずっと「土日に遊ぶ約束をしている友人たちの横で自分だけ輪に入れない」という経験をし続けていたので、今さらそれをやられたところでダメージは少なかった。ボス子がいようがいまいが、土日も放課後もどうせ誰とも遊ぶ時間はないのだ。

 

バレエに夢中だったのも良かったと思う。バレエ教室に行けば時間を忘れて踊ることができ、自分を認めて受け入れてくれる仲間もいる。学校の友達以外の仲間と過ごす時間は、子どもにとってはとても心強く感じるものだ。

 

今にして思えば、ボス子の意地悪に「悲しい」よりも「ムカつく」という態度に出ていた私は、ボス子の意地悪をエスカレートさせる原因を自分で作っていたのだと思う。これが今の私だったら、嘘でも悲しいふりをしたりして相手の溜飲を下げるのに、そこはしょせん子どもだった私。ボス子の気の強さに自分の気の強さを持って張り合ってしまっていたのである。

 

安全な場所

学校で意地悪されていることを、私は親に言えなかった。ほぼ毎日レッスンがあったし、母もちょうど新しい仕事を始めたばかりだったので、家でゆっくり話をする時間がなかったのだ。ボス子と同じクラスになったことを母が心配していたのも知っていたので、これ以上心配をかけたくなかった。ボス子のことを母に訊かれても、「あんまりしゃべったことないからわからない」と言ってごまかしていた。
(でも、もしかしたら母は気づいていたのかもしれない。)

 

バレエ教室は9割が女の子だ。だから教師になってからも生徒さんたちから友達関係の悩みはよく耳にしていた。時にはお母様が相談に来ることもあった。

 

教え子が学校で意地悪されていると聞くと、過去の自分の嫌な記憶がフラッシュバックし、自分が会ったこともない教え子のそのクラスメイトとやらを張り倒したい気持ちになった。「女の子全員から無視されてる」などと聞かされれば、「じゃあもう学校なんて行くのやめちゃえば!?」と私のほうがブチ切れてしまい、周りの子たちに「先生、さすがにそれは無理」とか「それができたら最初から悩まない」などと言われていた。

 

かつての私がそうだったように、生徒さんたちにとってもバレエ教室は大切な場所だ。ここに来れば受け入れてもらえる、認めてもらえると思える場所。どんなにムカついても学校に乗り込むわけにはいかない親御さんや私たち大人にできることは、その子にとって安全な場所を守ってあげることだけ。「学校は休ませたけどレッスンには行かせてあげたいのですが、やっぱりそれはまずいでしょうか?」と尋ねてくるお母様もいて、「まずくないです。ぜひ来てください」と答えていた。

 

何年か前、宝塚音楽学校でのいじめがネットニュースになっていたが、もしかしたらバレエ教室でもいじめがあるところもあるのかもしれない。でも少なくとも私の周りでは聞いたことがない。たしかにバレエをやっている子は気の強い子が多いが、「バレエ以外に費やすエネルギーが余ってない」という子がほとんどだと思う。くだらない見栄の張り合いをしているのはどちらかというと保護者同士であり、当の本人たちは、実力の違いがこれ以上ないぐらいに晒されているレッスン室の中で、見栄やプライドなんかが何の役にも立たないということを知っている。そういう意味ではとても残酷な世界ともいえる。

 

ボス子の凋落

1年に渡って私や私以外の数名にしつこく意地悪を続けていたボス子は、6年生の時に転入してきた超イケイケの女の子に目の敵にされ、それをきっかけに徐々に権力を失っていき、なんと修学旅行の班決めでクラスの女子全員から総スカンをくらうという嘘みたいな展開になり、別人のようにおとなしくなった。

 

担任の働きかけで、卒業直前に改心したボス子とクラスの女子全員が話し合う機会があり、その場で私が「なんで私に意地悪してきたのか?」と訊くと、ボス子は「いつも新しい洋服を着ていたから」と答え、私は目から鱗が落ちた。なぜなら、私はボス子がいつも「これ、お姉ちゃんの」と言って自慢していた(ように見えた)服を羨ましく思っていたからだ。

 

まだ小学生だったこともあり、いじめと呼ぶにはボス子のやることも幼くて、クラスで完全に孤立させられたりしたわけではない。世の中にはもっとひどいいじめで苦しんでいる子はたくさんいるのだろう。でも、たとえ幼稚な嫌がらせだったとしても、その当時の私にとっては十分に苦しい出来事だったし、今でも無意識のうちに、5年生の頃の記憶はなるべく思い出さないようにしている自分がいる。

 

ちなみにボス子の凋落のきっかけを作ったイケイケの女の子は、べつに正義の味方でもなんでもなく、中学に上がった後はクラスメイトを執拗にいじめて不登校に追いやるような不良になったと風の噂で聞いた。私も彼女に助けられた側ではあるが、それを聞いて「同じ中学じゃなくて良かった」と心から思った。