ふたり暮らし。それぞれのDNA。
長男の結婚式に興味のない親
私の両親はとても普通の人たちだと思う。普通の定義を問われると答えにくいが、ここでいう普通の人とは、「一般的な常識と価値観を持ち合わせ、王道と呼ばれる人生を歩んでいる人」ということになるだろうか。
何度か書いているように、夫の母はそれとは真逆の人物である。要するに変人だ。昔は義母が何を考えているのかさっぱりわからなくて、義母にそのつもりはなくてもかなり振り回された。今でこそ、義母のような生き方や考え方は好意的に捉えられつつある世の中だが、義母の世代であの考え方を貫いてきたのだからすごい。時代が義母に追いついてきたなと感じる。
私たちに結婚話が出始めた頃、私の両親に「あちらのご両親てどんな方?」と訊かれ、「お父さんは普通だけどお母さんはすごい変な人」と答えてしまい、親を心配させたことがある。「え?変な人ってどんなふうに?」と根掘り葉掘り訊かれ、それに正直に答えれば答えるほど、両親は不安そうな顔になっていった。心配をかけたくはなかったが、嘘を言うわけにもいかないのでしょうがない。
義母はちょうどイギリスへの留学を決めたばかりだったので、結婚式の日程について親と話している時にそのことを話したら、当然親は驚いていた。
親「留学ってなんのために?」
私「知らない。8月には行くって。」
親「えっ!?結婚の話はご存知ないの!?」
私「もちろん知ってるよー」
親「何ヶ月くらい行くの?」
私「年単位ってきいたけど…」
親「結婚式はどうするの?」
私「日本にいたら出るけど、向こうに行っちゃった後なら出られないって」
親「この世にそんな親がいるわけないでしょ!!もっとちゃんとお話聞いてきなさい!!」
私の親に「この世にそんな親がいるわけない」とまで評された夫の母(笑)。もちろん義母は本気だ。今となっては笑い話だが、当時はめちゃくちゃ心配された。
あの当時、私の実家は改築工事をしていて人を家に呼べる状態ではなかった。そこを両親はとても気にしており「あちらのご両親をお招きしてもこんな状態じゃ失礼だ」と言っていたので、「べつに家に呼ばなくてもいいじゃん。レストランとかで」と言うと、「それはそれ。一度はご両親を自宅にお招きして、葉月がちゃんとした家の娘だってことを知ってもらわなくちゃ」と言っていた。
つまり、「息子さんと結婚するのはどこぞの馬の骨とも知れない人物ではなく、こういう常識的な普通の家庭で育てた◯◯家の娘ですよ」ってことを示す必要があるのだそう。
(めんどくさいな)
ということは、自宅に私の親を招くなんて考えつきもしないであろう義母の息子である夫は、私の両親からしてみれば「どこぞの馬の骨とも知れない人物」ということになる。笑
夫のお仏壇もお墓も用意しなかった妻
夫の父は末期の癌だったので、余命は知らされていた。つまり、亡くなるまでにいろいろと準備をする時間があったということだ。
にも関わらず、義母は何もしなかった。親戚や近所の人にも義父の容態を一切知らせず、ただ亡くなったとだけ突然知らせたため、訃報を受け取った人たちはびっくりしたという。その時に義母がぼそっと言っていてすごく印象に残っているのは、「私って変わってるのかしら…」という言葉である。え、自覚なかったんですか…?というのが当時の私の正直な感想だ。
義母曰く、訃報を聞いた人たちが口々に、「葬儀はいつだったのか」「せめてお香典くらい送りたかった」「仏壇にお線香をあげにいってもいいか」「お墓はどこにあるのか」などと言ってきて、そのたびに「仏壇もお墓もないからお線香をあげてもらう場所もない」「お花も弔問もなにもいらない」と答えていたら、みんな一様にぽかーーーんとした顔で「………え?」みたいな反応だったのだそう。
みんながあまりにも「この人何言ってんの?」みたいな顔をしてくるため、さすがの義母も気になったらしく、「お仏壇もお墓もちゃんとやらないって、非常識?」と私に尋ねてきたのである。私の親なら「非常識なんてもんじゃないです!」と叫びそうな質問だが、その頃には私も義母耐性がついていたので、「べつに人それぞれでいいと思います。」と答えた。本心だ。
これが今の現役世代なら、義母の考えと同じ人がいてもおかしくはない。日常を生きるのにいっぱいいっぱいなのに、死んだ人に大金をかけるなんて…という考えも市民権を得つつあると思う。でも義母の年代では充分「非常識」だ。義父はご近所付き合いやゴルフ仲間との付き合いを非常に大切にしていたようで、義母が訃報を知らせなかった人たちも大勢自宅に訪ねてきたりして、義母も驚いていた。「こんなにお線香お線香言われるなんて、写真でも置いてお線香あげる場所を作ったほうが良かったかしら…」とも言っていた。
普通の生き方とは
子どもの頃は毎日学校に行き、大人になればその行き先が職場に変わる。その後は結婚して、子どもを産んで、家を買って、車も買って、出世して、子どもが巣立って、親を看取って、そして自分も老いていく。これがいわゆる「普通の生き方」だ。社会の仕組み自体がこういう人をスタンダードとして成り立っているようにも思う。この考え方からちょっとでも外れると「変わった人」と言われる。
義妹は義母に似ていて、そういう人生に飽きて、ある日突然スーツケースひとつで海外に飛び出したのだという。夫は最初、ただの旅行だと思っていたらしい。でもそれっきり、一時帰国することはあったが、いろんな国を転々とした末、そのまま結婚した。それも「結婚したよー」という事後報告だ。今はカナダでごく普通に子育てしているが、子どもが巣立ったらポルトガルに住みたいという。同じ場所にじっとしていられないのは義母のDNAだろうか。夫にもそういうところがある。
こんな義妹の生き方を「普通」という人は多分いない。うちの親は「まあ、お母様もああだしね…」と妙に納得していた。でも義妹にとってはそれが普通の生き方で、夫も義母も義妹の行動に驚かない。「生き方は人それぞれ」という考えが、理屈ではなく、もうDNAに組み込まれているのだろう。
「普通」の感覚を持っている私は、時折それが羨ましくもなる。あんなふうに自分の人生の舵を自分で取って生きていくのは、大変かもしれないがとても充実したものになるだろう。でも私は冒険が苦手なタイプなので、羨ましいと思う反面、「夫があそこまで振り切れた人じゃなくて良かった」とも思う。もし夫がああだったらついていけない。笑
舵を切らず、潮の流れにただ身を任せる人生の良さもある。そう思う私の中には紛れもなく、両親のDNAが受け継がれているのだと感じる。両親(とくに母)は時々言う。「葉月は結婚してから非常識になった」と。ひとり娘が義母に感化されていくのが怖いのだろう。そんな親に言ってあげたい。「大丈夫だよ、私にはあなたたちの血が流れているんだから」と。