ふたり暮らし。世界平和はここから。
人助け
以前見た、「道端で若い女性が具合悪そうにしていたので介抱しようとしたら通報された。」というおじさんの事件。女性側は身体を触られたと警察に言っていたらしいが、男性が女性のどこを触ったかはわからない。肩とか背中なら男性が気の毒だなと思うし、女性が身の危険を感じたくらいだから性的な触り方だったのかもしれない。一部の変質者のせいで、知らない子どもに挨拶しただけで通報されてしまうご時世だ。善良な男性にはとくに生きづらい世の中だろう。
何年も前のことになるが、私も若い女性を道端で助けたことがある。
出勤前に駅までの近道を歩いていたら前方で人がうずくまっており、その傍らにスーツ姿の男性がしゃがんでいた。その男性に私は見覚えがあった。この時間によく見かける人だ。当時私は遅番で働いていたため、16時台という中途半端な時間に駅に向かうその道を歩いているのは、子どもとお年寄りと主婦らしき人ばかりで、スーツ姿の男性は珍しかった。
出勤前だったし、最初は足早に通り過ぎようとしたのだが、やっぱり気になってふたりのほうをそっと見てみた。するとバッチリ男性と目が合った。明らかにこっちに助けを求めている。
私が近寄ると男性は立ち上がり、「通りでタクシーを捕まえようと思うんですが、そこまで支えるのを手伝っていただけませんか?」と頼まれた。古い住宅街の入り組んだ道だったので、たしかにここにタクシーは呼びにくい。相手が女性だったので介抱することができず、困っていたそうだ。うずくまっている女性は大学生くらいの若い女の子だった。お腹が痛いと言っている。盲腸なんじゃ…と思ったが、救急車を呼ぶのをものすごく嫌がるので、取り敢えずタクシーで家に戻ることになったのだそう。「家に家族はいる?」と訊くと、「たぶん妹がいる。」という頼りない答え。
家に帰りたいという女の子を、男性と私とで両側から支えて立たせ、広い通りまで歩いた。すれ違う人がみんな「大丈夫?」という顔を向けてくる。小学生には思い切りじろじろ見られた。
歩いている途中で痛みの波がきたようで、女の子は再びその場にうずくまってしまった。大人3人が道端でしゃがみ込んでいたら、さすがに道ゆく人たちはみんな振り返る。でもきっとどうしたらいいのかわからないまま通り過ぎて行くのだろう。私も逆の立場ならそうするかもしれない。
そこへ高学年くらいの女の子たちが通りがかり、「大丈夫ですか?」と寄ってきてくれた。うずくまっている女の子の様子を見て、「救急車呼びますか?」「うち近くだから私のお母さん呼んできますか?」などと口々に心配してくれた。なんていい子たちなんだろう。そんなふうに小さな騒ぎになっていると、すぐそばの家のご婦人が出てきて「どうしたの!?」となり、そこからはあっという間に救急車を呼ぶ流れになった。
私と男性はそのご婦人に、「こういう時はすぐに救急車呼ばないとダメよ!素人に責任は取れないでしょう!?」と叱られてしまった。
(男性はしょぼーーーんとしていた。)
サイレント救急車
遠くで救急車のサイレンが聞こえるなと思っていたら、急に音が止んでしまった。あれ?ここに来る救急車じゃなかったのかな?と不安になっていると、道の向こうから救急車が静かにその姿を現した。あとから知ったことだが、救急車は住宅街に入る時にはサイレンを止めるのだそうだ。騒音への配慮や、患者のプライバシーを守るという理由もあるのだという。
救急隊員なんてドラマでしか見たことがなかったが、本物はやはりすごい。丁寧なのにものすごく素早い動きだ。女の子から病状を聞き出し、テキパキと処置を施し、車内に運び入れる。私も男性も小学生の女の子たちもみんな、その場で彼らの素晴らしい仕事ぶりに目を奪われていた。呆然とその場に立ち尽くしているだけの私たちを尻目に、あのご婦人だけがハキハキと救急隊員の質問に答えてくれていて、きっと救急隊員の目には、あの女の子を助けたのはご婦人で、私たちは通りすがりのただの野次馬に見えていたであろう。
救急車が行った後、私たちは解散となり、なんとなくそのままスーツの男性と駅まで歩く流れになった。これから出勤だという男性の言葉に、ふたりして「ハッ!!」となり、慌ててスマホを見ると職場からのLINEと着信が入っていた。なんだかんだで1時間以上経っていて驚いた。小学生の女の子たちの親御さんも心配しているのではないだろうか。
優しさと勇気
大遅刻して職場につくと、店長やバイトの子たちが待ち構えていたように私を取り囲んだ。事の顛末を手短かにLINEしておいたのだが、みんな詳細を聞きたくて仕方ないといった感じで質問攻めにあった。その中で、ひとりの高校生が言った。「私が電車で貧血を起こした時、誰も助けてくれなくて、妊婦さんが席を譲ってくれた」と。その場にいた店長以外の全員(全員女の子)が「えーーーー!!」となった。
「なんで!?どうして!?ほかの人は何やってたの?」
「なんかみんな見て見ぬふりというか。一緒にいた友達が『どうしたの!?大丈夫!?』ってけっこう大声を出してくれてたのに、シーーンてなってて。妊婦さんが席譲ってくれたあとも誰もその妊婦さんには譲ってなかった。」
汚れた大人になっていた私は、その話を聞いて「私だったらその場で適切な対応ができただろうか…」と考えてしまった。さすがに目の前の席にいたら譲っていただろうが、遠くの席に座っていたら「近くの誰かがやるだろう。」と思ってしまったかもしれない。でもバイトの子たちは、口々に「最悪!」「ありえないんだけど!」「こういう大人多いよね!!」と怒っていて、その優しさと正義感を前に自分が恥ずかしくなった。
今日だって、女性の私ですら女性を助けることを一瞬躊躇してしまったのに、スーツの男性は勇気がある。そういう人たちの優しさや勇気のひとつひとつが、街の平和を、ひいては世界の平和を守っているのだろう。汚れてしまった自分を恥じながら、自分もそういう役割を担う一員でありたいと思った。
あの日の小学生の女の子たちやバイトの子たちは、きっとあのまま優しくて正義感あふれる女性になっているのだろう。そうであってほしいと願うと同時に、そういう優しさを逆手に取った犯罪があるのもまた事実なので、「じゃあどうすりゃいいんだろう…」とも思う。
最近見たのは、「向こうで女の人がうずくまってるんだけど、男の自分だけでは介抱できない。一緒に来てくれないか」と男に声をかけられ、ついて行こうとした女性が違和感を察知し、「近くに知り合いがいるので呼んできます」と言ったところ、その男は慌てて逃げて行ったというやつだ。人の親切心を逆手に取った犯行が一番許せない。
優しさと勇気が正しく報われる世の中になってほしい。