ふたり暮らし。贅沢はどっち。
母の誕生日プレゼント
先日、ちょっと遅くなってしまったが母の誕生日プレゼントと称して「今日1日なんでも頼める権利」を進呈したところ、母は大喜びで次から次へと用事を頼んできた。その中で1番大変というか面倒だったのが、押し入れのハンガーラックの交換だ。
母はかつての私の部屋と1階の和室を自分の部屋として使っている。私の部屋にもクローゼットがあるのに、母は和室の押し入れの中にもクローゼットを作り、大量の服を詰め込んでいた。
押入れの中には組み立て式のハンガーラックを設置しており、それの接続部分が弱いせいでちょっと動かすとすぐに軸が外れて使いにくいということで、一緒にホームセンターに行き、しっかりした造りのシンプルな物を買ってきた。
家に戻りさっそく取り替え作業を始めると、押し入れの中からどんどんゴミが出てきて辟易してしまった。私にはどう見てもゴミにしか見えないが、母にとっては全部必要な物らしい。ミニマリストしぶさんが、「押し入れのある家は時間かかるんですよ。押し入れの収納力ってすごいから」と言っていたが、ほんとにその通りで、襖を閉めてしまえば見えなくなるのをいいことに、母も大量の物をぎっしり詰め込んでいる。
最近買ったらしき新しい箱に入った物体が出てきて、「これなに?」と訊くと、「あのほら、あれよ。座るだけでお腹のお肉が取れるやつ」との答え。どうやらまたテレビ通販を見て買ったらしい。でもここにしまいこまれているということは…
「パパのお腹すごいでしょ。ちょっと痩せたほうがいいと思ってプレゼントしてあげたんだけど、全然使わないのよねー」
やっぱり。こう言っちゃなんだが、母のくれる贈り物というのは昔から自分目線のものばかりなのだ。私もいらない物をいくつもらってきたことか。でもごくたまに嬉しい物もあったりするので、母の記憶にはそれを喜んで使っている姿だけが残っていて、また懲りずに自分本位な贈り物をするのだろう。
「自分で使えば?」と言うと「そんな暇ない」と言う。「じゃあ捨てる?」と訊くと「買ったばかりなのにもったいない。いつか使うかもしれないでしょ」とお決まり過ぎるセリフが出てきた。これを所有し続けるコストのほうがもったいないし、いつか使うかもの「いつか」は絶対に来ない、ということを母に理解させるのは無理だと思い、黙った。
古いほうのハンガーラックは当然処分するもんだと思って解体しようとしたら、母が2階の和室で布団を干すのに使うと言い出して口論になった。ちょっと動かすだけで軸が外れると言って交換したのに、重い布団をのせて部屋の中を移動できるわけがない。これは粗悪品なのだ。潔く処分するべきである。
母はぐちぐち言っていたがどうにか言いくるめ、そのまま気が変わらないうちにゴミ処理場に持って行くことにした。母の車にハンガーラックを積み、ついでに庭に放置してあった壊れたプランター類も一緒に積みこんだ。せっかくだからいろいろ捨てようよと提案したのだが、母には「捨てる物なんてない」と一蹴され、それ以上は言わないことにした。
贅沢とは
夕食の席で、話の流れでうっかりシェンユンを観に行った話をしてしまった。
うちの両親は舞台芸術にはまるで興味がない。娘の私があんなにバレエに夢中だったのに、長年通わせたわりにはバレエのバの字も理解しておらず、「バレエ=お金ばっかりかかる役に立たない娯楽」と思っているのである。子煩悩な父ですら、私のバレエの発表会は「眠くなる」と言ってほとんど観に来なかった。
シェンユンの話をしてすぐに後悔した。案の定、父も母も「またそんな贅沢して」と小言を言う。「ちゃんと貯金してるの?」とか「子どもがいないんだから頼りになるのはお金だけよ」と、耳タコなことばかりを言われ、「うっるさいなー!!」と反抗期と同じセリフを言うはめになるところまでがセットである。夫がいないとだいたいいつもこうなる。
両親の目には、私たち夫婦が贅沢ばかりしているように見えるらしい。
私たちは両親とお金のかけどころが違うのだ。たしかに舞台やオーケストラのチケットは安くない。でも年間トータルでかかる金額は両親の無駄遣いにしか見えない浪費とそんなに変わらないと思う。食費ひとつとっても、普段の私たちは1日1食で一汁一菜。食材を腐らせたりすることもまずない。でも父は日常的に缶ビールやチューハイや日本酒を飲み、母はコストコ大好きで食材を腐らせる特技を持っている。
贅沢なのはどっちだろうか。
お金の話は喧嘩のもと
私だって両親のお金の使い方には言いたいことが山ほどある。でも我慢している。
何不自由なく育ててくれた両親に、私はとても感謝している。時代が違うとはいえ、私たち夫婦には両親と同じことをできるだけの経済力も覚悟もない。だからすごく尊敬しているし、ようやくいろいろなことから解放された今の時間を、好きなことをして楽しく暮らしてほしいと思っている。ちまちまちまちま散財しているのを見ては、「家の処分費用くらいは残しといてよね」と言いたいのもグッと堪えている。
お金の話は喧嘩のもと。これだけ世代間で格差のあるものはほかにない。感覚の違いはどうしたって埋められないので、もうお金につながる話はさけるに限るなと強く実感した帰省であった。