ふたり暮らし。コンダクターの行方。
新米コンダクター
外国人観光客の団体には、よくツアーコンダクターらしき人が同行して来ることがある。コンダクターさんは一緒に食事を取らないことがほとんどで、店までツアー客を案内して注文のサポートをすると、先に全員分の会計を済ませて出て行き、時間になると迎えに来る。
先日職場Aに来店したスペイン人の団体客には、日本語があまり得意じゃないコンダクターさんがついていた。見た目は日系人だが、翻訳アプリみたいに意味が通じない箇所がある感じで、心なしか本人も仕事に自信を持てずにオドオドしているように見えた。新人さんなのかもしれない。
全員分の注文が済みお会計を済ませた彼女は、店を出て行くのかと思いきや、みんなのところに戻って着席した。うちの店はひとりにつき1オーダーすることがルールなので、たとえコンダクターさんといえども、席に座るなら注文をしなければならない。そう伝えると、彼女は「I see, I see」と言って立ち上がり、テーブルの脇に立った。いやいや、新しいな!笑
もちろん椅子に座ってなければOKというわけではないので、座ってオーダーするか、店から出るかと選択を迫ったらようやく店から出てくれたものの、店の入り口からチラチラと店内を覗いているため、がんばっている若者にこんなことを言いたくはないが、ぶっちゃけ超邪魔である。
彼女が動くたびに入り口のセンサーが反応して音が鳴るし、ほかのお客様の通行も妨害している。何より、入り口からひょこひょこ見える彼女の顔にこっちも気が散って仕方ない。しばらく我慢したが、とうとうやんわりと邪魔だということを伝えることにした。
消えたコンダクター
私にやんわり邪魔だと言われたコンダクターさんは、店内にいるリーダー格の男性に何かを伝えに行き、そのまま店を出て行った。おそらく「何かあったら電話して」とでも言っていたのだろう。
しばらく平和な時間が続いた。スペイン人たちは大騒ぎするでもなく、口論するわけでもなく、節度を保った盛り上がりを見せている。ビールの追加が入った以外はとくにそのテーブルに呼ばれることもなく、良客だった。ちなみになぜスペイン人だと思ったかというと、入店してくる時に口々に「オラ!」と言っていたからである。「オラ」という挨拶をする国が他にもあるなら彼らの国籍は不明だ。
食事が終わり、けっこう時間がたった。彼らはツアーだろうから次の予定があるはずなのだが、コンダクターの彼女が迎えに来ない。もうビールの追加も入らず、気の長い彼らもさすがにイライラし始めたようで、近くにいたパートさんを捕まえて何やら言っていた。
戻ってきたそのパートさんは「何言ってるか全然わからない」と言い、その目が暗に私に行けと言っている。
私だってスペイン語はオラとアディオスと、「明日マニャーナ」が「また明日ね!」の意味だという全然役に立たないマメ知識しかない。ちょっとぐらい英語のわかる人がいるかもしれないが、もし消えたコンダクターのことを訊かれたら困る。私が追い出したことがバレているかもしれないのだ。
後ろめたい気持ちでリーダー格らしき男性に近寄ると、案の定スペイン語で何か強く訴えている。でも全然わからない。英語で尋ねても通じてるのか通じてないのか知らないが、返ってくる言葉はスペイン語だ。会話はまったく成り立たなかった。
帰って来たコンダクター
どれくらい時間がたっただろう。ついに彼女が姿を現した。
どこまで行っちゃっていたのかわからないが、おそらく予定時間を大幅に過ぎ、大急ぎで戻って来た様子だった。とにかく無事に戻って来てくれてほんとうによかった。もしあのまま行方不明になっていたら、私が警察から事情聴取されるところだった。店長もホッとした顔でみんなを見送っていた。
やれやれと思ってテーブルを片付けていると、入り口から戻った店長が悲しそうな顔で言った。「ビールの追加分もらい損ねた…」
(あーあ。笑)
ベテランのコンダクターさんだと退店する時に追加がないか確認してくれるのだが、あの彼女の様子だとそれどころじゃなかったのだろう。次の予定に間に合っていればいいのだが。がんばれ、新米コンダクター!