ふたり暮らし。夢が叶ったあとに。
人生の岐路に立つ20代後半
プロのダンサーになった元生徒がいる。
元生徒といっても、私が彼女を教えていたのは中学生の時までで、本格的にプロを目指したいと言い出したタイミングで有名な先生の元へ送り出していた子である。数年前に念願叶って正規の団員に昇格し、最近ようやくぽつぽつと役をもらえるようになってきていた。
けっこう前のことだが、そんな彼女Yちゃんが、なんとバレエを辞めることにしたと連絡をくれた。
Yちゃんは20代後半。ダンサーとしてはベテランではないがもう若手でもない、難しい年代だ。たとえ所属しているバレエ団で確固たる立ち位置にいる人であっても、自分の新たな可能性を模索してバレエ団の移籍を考え始めたり、海外でもう一度挑戦したいと言って飛び出したり、あるいは結婚・出産を見据えて婚活を始めたりと、人生の岐路に立つ人が多い。
Yちゃんもとても悩みぬいて決めた結果なのだろう。ずっと夢見ていたことであっても、やってみたら合わなかったり、想像もしていなかったことで大変な思いをしたりと、考えが変わることはある。私の知っているYちゃんは、「睡眠よりバレエ!」「バレエが命!」「バレエを踊らない人生なんてあり得ない!」という典型的なバレエ少女だったので、この報告にはびっくりしたが、知らないうちに大人になっていたんだなぁと感慨深くもあった。
人は変わる。「バレエが踊れないなら死んだほうがマシ」と本気で思っていても、バレエより大切なものができれば、そう思っていたことが逆に信じられないと思うようになる。Yちゃんにもそういうものができたということなのかもしれない。
夢が叶ってもそれはゴールじゃない
よく、「結婚はゴールじゃない、スタートだ」と言われる。夢も同じだ。「…そうして主人公は夢が叶いましたとさ!おしまい。チャンチャン♪」とはならない。叶ってからのほうがむしろ大変で迷いの多い人生になったりもする。
Yちゃんからの報告のあと、Yちゃんのお母様からも連絡がきた。そこには長年のお礼の言葉と、不甲斐ない娘でごめんなさいという謝罪の言葉があった。不甲斐ないという言葉から、Yちゃんの選択を誰よりも残念がっているのはお母様なのだと感じた。そりゃそうだろうな、と思う。
「可愛いレオタードを着せたいから」「踊るのが好きみたいだから」と軽~い気持ちで始めさせたバレエなのに、娘が予想以上にどっぷりハマってしまい、
「えっ、こんなにお金かかるの!?」
「えっ、まだ続けるの!?」
「えっ、プロになりたいの!?」
「えっ、大学には行かないですって!?」
と、娘に振り回され続けた二十数年。将来はこうなってほしいな~、なんて親としての希望も期待もあっただろうに、バレエを取り上げたら自殺しそうな勢いの娘のために、一生懸命尽くしてきたのだろう。
そんな娘がようやく夢を叶え、親としての苦労も報われたな~なんて思っていた矢先、たった数年であっさりと(ではないかもしれないが)「バレエ辞める」なんて言われてしまったら、この親としての複雑な気持ちのやり場をどうしてくれるのよ、と文句のひとつも言いたくなるかもしれない。実際、うちの親は未だに文句を言うことがある。
Yちゃんがどういう理由でバレエを辞めることにしたのか、詳しくはわからない。理由を訊いたほうがいいのかな?話を聞いてほしいのかな?とも思ったが、LINE上でのやり取りでもあったし、私がYちゃんの立場なら、自分から理由を言わない時はつっこんで訊いてほしくない時だなと思ったので訊かなかった。
(普通はどうなのだろうか…)
私もバレエを辞める時には誰にも相談しなかった。次の人生が見えていたからだ。いきなり報告された周囲の人間にとっては寝耳に水の話でも、本人はちゃんとじっくり考えた末に決めている。お母様はまだ気持ちの整理がついていないような様子だったが、本人の意思をくつがえすことは誰にもできないと思う。
人生の岐路はこの先もある
20代後半の頃の自分はどうだったかなと思い返してみると、ようやく教室が軌道に乗り、仕事が心から楽しめるようになってきた時だった。ひよっこちゃんのお遊戯バレエを卒業し、曲がりなりにもちゃんとしたバレエが踊れるようになってきた子が増え、生徒を育てることの面白さや難しさを実感する毎日だった。
同級生たちの中には、結婚が決まったという子もいれば、早くも3人目を妊娠している子もいたり、すでに離婚と再婚を経験している子もいたりと、いろんな人生があるんだなぁと感じていた年代でもあった。
あれから十数年たち、今また私の年代は人生の岐路に立たされ始めているなと感じる。子育てに終わりが見えてきて、自分のための第二の人生を考え始めるようだ。もう少し上の世代になると、今度はご両親の病院の送迎や介護などで忙しくなる人が増えるので、やりたいことがあるなら今のうちかもしれない。そういえば前の職場のパートリーダーの人も、お母様の介護が大変だとよく言っていた。
こうして考えてみると、どの年代であっても、女性の人生は自分以外の事情に振り回されるんだなと思うと同時に、女性が自分のためだけに思いっきり人生を謳歌できる期間というのはあまり長くないのかもしれないな、とも思う。
思い切り好きなことに打ち込める10代20代は、とても恵まれた年代なのかもしれない。