ふたり暮らし

明日は明日の風が吹く

なんでもありの南米人

ふたり暮らし。なんでもありの南米人。

狭い日本を大きな身体で

先日、職場Aにでっぷりと太った外国人が来店した。

 

南米の太った人はアジア人の太った人とはレベルが違う。大きな身体をゆさゆさと揺らしながら来店し、7名だと告げられたので見てみると、なんと7名全員が全員、同じくらいにでっぷりと太ったグループ客だったのである。

 

どう考えても4名テーブルを2つくっつけただけでは収まりそうにない。旅行客なので大きな荷物も持っている。

 

時間は昼前でまだ席はたくさん空いていたが、これからどんどん混んでいって待ちが出るのが予想されるため、必要以上に場所を取るお客様にはできれば入店してほしくない。えー…どうしよう…と逡巡していると、その様子を奥から見ていた毒舌のパートさんが、「総重量は何百キロですか?」とインカムで飛ばしてきて思わず吹き出しそうになってしまった。

 

このパートさんは面白くて優しくてすごくいい人なのだが、マナーのなっていない外国人客などには真顔でブチギレながら毒を吐き、言葉は通じていないはずなのに、その迫力で外国人客をおとなしくさせてくれるという、ありがた〜い能力の持ち主だ。

 

その日は店長不在の日だったため、入店を断るにしても、その対応は私がしなくてはならない。やだなー、揉めそうだなーと思いながらI'm sorry…と断りかけると、その外国人は何を勘違いしたのか、ノープロブレーム!センキューセンキュゥー!!と言いながらゾロゾロと入店してきたのである。

 

おいちょっと待て…!!と思ったが、店の狭い通路を大きな身体でどんどん進んでいく集団を私ひとりで止められるはずもなく、オタオタしている私の姿を見て、件の毒舌パートさんは爆笑していた。

 

結局彼らはテーブルを勝手に4つも使って着席した。いくらなんでも場所を取り過ぎだろと思ったが、全員横幅があるため、普通の座席の幅でくっついて座れないのは明らかだ。しかたなくそのままいてもらうことにし、諦めてメニューを配った。この人たち、電車やバスではどうしているんだろうか。

 

一事が万事、ノープロブレム

陽気な彼らはビールを飲んでさらに陽気になり、大いに盛り上がっていた。そしてひとしきり飲んで食べたあと、最初に入店してきたリーダーらしき女性が、品川行きの電車は何時かと訊いてきたので何本か候補を書いたメモを渡した。店から駅までは身軽な状態でサッサカ歩いても5分はかかる。この人たちは荷物もあるし、早歩きなんてとてもできそうにないので、20分前には店を出たほうがいいですよとも伝えておいた。

 

彼らはその後もビールを追加し、非常に楽しそうにワイワイと盛り上がっていた。昼のピークはとうに過ぎ去り落ち着きを取り戻した店内で、彼らの席だけが相変わらずガヤガヤと騒がしい。

 

ピークが過ぎてもやることはたくさんあるため、私は彼らのことは気にせず忙しく動き回っていたのだが、しばらくしてふと気づくと、私がメモで伝えた電車の最後の時刻が迫っていた。彼らのほうを見ると、飲み食いも終わり、おのおのスマホを見たりしながらまったり過ごしている。余計なお世話かと思ったが、早くテーブルを片付けたいのもあったので、「次の電車を調べましょうか?」と訊いてみた。

 

すると女性はにっこりしながら、「あなたが教えてくれたこの電車に乗るよ」と最後の候補を指し示して言った。いや、無理だし!今から駆け足で向かっても絶対に間に合わない。あなたのお国と違って日本の電車は正確なんですよ。

 

私は次の電車の時刻をメモし、電車がこの時間にちゃんと来ることを伝えて帰り支度を促した。女性は「オオゥ!?」と大袈裟に驚いていたが、すぐに店を出る準備を始めてくれた。女性がスペイン語だかメキシコ語だかで、おそらく「あんたたち行くわよ!30秒で支度しな!」みたいなことを言い、全員がのろのろと立ち上がり、来た時とは真逆の緩慢な動作で帰り支度をし始めた。

 

満腹でお酒も入って眠くなっちゃったのか、どっかにぶつかって転びそうな様子のおじさんがいて、会計している女性に大丈夫かと訊いたが、問題ないと軽くあしらわれた。あなたたちは問題ないかもしれないが、あのおじさんがよろけて華奢な日本人にぶつかったら怪我をするのは日本人だし、ただでさえ狭い道では車道にはみ出そうな図体なのに、万が一車にぶつかりでもしたら運転手が気の毒だ。

 

でもそんな心配も、彼らにとってはノープロブレム!なのだろう。

 

最後に女性が店を出る時、私はもう一度、日本の電車もバスも時刻表通りに来ること、早めに行動するのが大切なことを教えておいた。女性はアリガトウ!センキュゥ!アリガトウ!と何度もお礼を言い、最後に握手まで求めて帰っていった。

 

ここ南米ですよ?笑

そういえばむかーし見たテレビで、南米のどこかの国を訪れていた取材班が、現地の人に教えられたバス停で待てども暮らせどもバスがやって来ないため、たまたま道ゆく日本人を見つけて「時刻表ってどこかにありますか?」と尋ねたところ、その日本人が「時刻表!?ここ南米ですよ?笑」と半笑いで答えていたのを観たことがある。そんなもんあるわけないらしい。

 

あれから時代は進み、今はそんなこともないのかもしれないが、あのお客様たちの様子からすると、彼らにとっての時間は、日本人にとってのそれとは比べものにならないぐらいにアバウトなようである。

 

あの大きな身体で大きな荷物を持ち、おそらく電車やバスやエレベーターで周囲の日本人に大迷惑をかけながら、陽気に日本を旅して行くのだろう。なんでもありのあの精神は、日本人も少し見習ったほうがいいのかもしれない。